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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3949号 判決

原告・反訴被告 国

代理人 阿多麻子 田中實 相沢雄 ほか四名

被告・反訴原告 今井陽次郎

主文

一  別紙物件目録一記載の土地と同目録二記載の土地との境界は、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線で結んだ線であることを確定する。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物につき、同目録一記載の土地のうち別紙図面(一)表示のB、C、D、E、F、Bの各点を順次直線で結んだ線により囲まれた範囲の土地(一・二三平方メートル)上に存する部分を収去して、右範囲の土地を明け渡せ。

三  被告は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物の北側外壁に接着し、同目録一記載の土地のうち別紙図面(一)表示のA、B′、B、F、G、H、I、Aの各点を順次直線で結んだ線により囲まれた範囲の土地(〇・六六平方メートル)上に存する外壁パネル及びモルタル様の建材を撤去して、右範囲の土地を明け渡せ。

四  被告は、原告に対し、金一四万一五七二円及びうち金一二万〇六五二円に対する平成六年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告の反訴請求を棄却する。

六  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。

七  この判決は、主文第四項につき、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

(本訴請求)

一  原告

主文第一ないし第四項同旨

二  被告

被告が、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件国有地」という。)と同目録二記載の土地(以下「被告所有地」という。)との境界は、別紙図面(一)表示のB′、H、Gの各点を順次直線で結んだ線であることを確定する。

(反訴請求)

別紙図面(一)表示のB′、B、C、D、E、F、G、H、B′の各点を順次直線で結んだ線で囲まれた範囲の土地(一・九三五平方メートル)について所有権を有することを確認する。

第二事案の概要

本訴請求は、原告が被告に対し、本件国有地とその南側に接する被告所有地の境界(以下「本件境界」という。)が、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点(B′点を除く各地点の詳細な特定については同図面(一)の二のとおりである。)を順次直線で結んだ線のとおりであり、被告所有の建物(以下「被告建物」という。)の一部が本件国有地内に建築されているとして、被告に対し、本件境界の確定、本件国有地から被告建物を収去して、被告が占有している部分を明け渡すこと、本件国有地の被告占有部分の使用料相当損害金の支払等を求めた事案である。

反訴請求は、被告が原告に対し、同図面(一)表示のB′、B、C、D、E、F、G、H、B′の各点を順次直線により結んだ線により囲まれた範囲の土地(約一・九三五平方メートル、以下「本件係争地」という。)について、主位的には右被告所有地の一部であるとし、予備的にはもと原告所有地の一部であったものの被告が時効取得したとして、被告が本件係争地の所有権を有することの確認を求めた事案である。

なお、本判決添付の別紙各図面は、いずれも原図をB四版ないしB五版の大きさに縮小したものである。

一  争いのない事実(1ないし5は本訴・反訴について、6は本訴のうち第二占有地の明渡し及び使用料相当額の支払請求について)

1  原告は、本件国有地を所有している。

被告は、2以下の経緯によって、被告所有地を所有し、被告所有地上に被告建物を所有している。

2  被告所有地は、本件国有地の南側に隣接しており、もとは、明治三五年一一月二九日に建築された東西に九軒並ぶ建物(通称「九軒長屋」)のうち、東端、すなわち、別紙図面(四)表示の〈1〉の位置にあった建物(以下「旧〈1〉建物」という。)の敷地部分であった。

3  被告の父である訴外亡今井松太郎(以下「訴外松太郎」という。)は、大正時代より、訴外吉谷セン(以下「訴外吉谷」という。)から旧〈1〉建物を賃借していたが、昭和二三年一二月一〇日、訴外吉谷から被告所有地及び旧〈1〉建物を買い受け、その所有権を取得した(〈証拠略〉)。

訴外松太郎は、昭和二七年二月一六日死亡し、被告が、被告所有地及び旧〈1〉建物を相続により取得した。

4  被告は、昭和四〇年一一月三〇日ころ、旧〈1〉建物を取り壊し、被告建物を新築したが、その際、右建物の一部を、別紙図面(一)表示のB、C、D、E、F、Bの各点を順次直線で結んだ線により囲まれた範囲の土地(一・二三平方メートル、以下「第一占有地」という。)上に建築して右土地を占有し、現在までその占有を継続している。

5  被告は、遅くとも平成三年八月二六日には、被告建物の北側外壁に接着して外壁パネル(以下「本件外壁パネル」という。)を設置して所有し、別紙図面(一)表示のA、B′、B、F、G、H、I、Aの各点を順次直線で結んだ線により囲まれた範囲の土地(〇・六六平方メートル、以下「第二占有地」といい、第一占有地と合わせて「被告占有地」ともいう。)を占有し、現在までその占有を継続している。

二  原告の主張

1(境界及び所有権の範囲―本訴・反訴を通じて)

本件境界は、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線で結んだ線のとおりであり、被告占有地ないし本件係争地は本件国有地の一部である。

その根拠は、次のとおりである。

(一)  本件国有地は、大蔵省造幣局(以下「造幣局」という。)北宿舎の敷地として明治元年八月に官有地に編入されたものである。造幣局の周囲のれんが塀は、明治四年二月、周辺民有地との間の囲障として設置されたもので、安定性を保つため、地下に埋設された土台の幅が地上に出ている塀の幅と比して広くなっており、しかも土台の一番底に設置された栗石の外側端部は、周囲の民有地との境界線よりも内側(造幣局側)になるように設置されている。

したがって、本件境界は、別紙図面(一)表示のれんが塀(以下「本件れんが塀」という。)の土台として埋設された栗石の外側よりもさらに南側にあるのであって、れんが塀補修の際に作成された図面(〈証拠略〉)及び原告が付近を掘削した際の測定結果(〈証拠略〉)によれば、本件境界は、本件れんが塀の外側壁よりもれんがの横幅(五ないし八センチメートル)五個以上南側にあると推定できる。

(二)(1)  原告は、昭和三七年五月ころ、周辺民有地との間の境界につき、現地測量等を行って、「造幣局本局敷地実測図」(〈証拠略〉、以下「本件実測図」という。)を作成したが、その際、被告所有地付近の測量を行った。

(2) 原告と被告を含む九軒長屋の建物敷地の所有者合計九名は、昭和三七年一二月一七日、本件実測図に基づき、本件国有地と九軒長屋の敷地部分との境界が、造幣局北宿舎敷地の南西角(別紙図面(二)表示のNo.27)、被告所有地の北東角(右図面表示のNo.28)、造幣局四号門との段差部分の角(右図面表示のNo.29)の三点を直線で結んだ線上にあることを確認する旨の合意をした。

(3) 原告は、昭和三八年二月四日、本件実測図に基づき、同図No.27、No.28、No.29の各点にコンクリート杭(以下、それぞれ「No.27杭」、「No.28杭」、「No.29杭」という。)を埋設した。

No.28杭は現存しないものの、本件実測図から再現できるNo.28杭の位置と、現在のNo.27杭の位置(大阪市下水道局が集水桝を設置した際に、二メートル北側に移設された。)から復元できる昭和三八年当時のNo.27杭の位置の二点を直線で結んだ直線が本件境界になるところ、これは、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線をもって結んだ線と一致する(別紙図面(二)及び同(三)参照)。

(4) 被告所有地の北東角の位置は、本件国有地、被告所有地及び大阪市道の三方界であるところ、大阪市長は、造幣局長に対し、昭和三七年一一月一四日付けで、右三方界が本件れんが塀より南側にあることを前提に境界明示をした旨を通知した。

2(被告占有地の明渡義務―本訴について)

第一占有地及び第二占有地は本件国有地の一部であるところ、被告は、第一占有地上に被告建物の一部を建築し、また、第二占有地上に被告建物と接着した本件外壁パネル及びモルタル様の建材(以下「本件モルタル建材」という。)を設置・所有して、右各土地(被告占有地)を占有しているから、被告には、原告に対し、これらを収去して被告占有地を明け渡す義務がある。

3(被告占有地の使用料相当額の支払義務―本訴について)

被告占有地の使用料は、少なくとも、別紙「土地使用料相当額年度別調書」記載のとおりである。

被告が、第一占有地について昭和五八年四月一日から、第二占有地について平成三年八月二七日から、それぞれ平成六年一月三一日まで占有することにより、原告は、右使用料相当の合計一二万〇六五二円の損害を受けた。

被告は、被告占有地を権原なく占有していることにつき、少なくとも過失があるから、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として右使用料相当の金員及びこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

仮に被告に過失がないとしても、被告は、悪意で法律上の原因なしに右同額の利得をし、右利得と原告の前記損害との間には因果関係があるから、原告に対し、不当利得返還として、右金額及びこれに対する民法所定の年五分の割合による法定利息を支払う義務がある。

4(被告の時効取得の主張(三2)に対して―本訴につき抗弁、反訴につき予備的請求原因)

本件国有地は、国有財産の一種である企業用財産であって、少なくとも黙示の公用廃止がなければ時効取得の対象とならないと解すべきである。

しかし、被告占有地ないし本件係争地は、その地中に、本件れんが塀を支えるための基礎部分が埋設され、本件国有地と被告所有地の間の囲障である本件れんが塀の敷地として現に公の目的に使用され、企業用財産としての機能を維持していたものであって、公物としての形態を喪失していない。

そして、被告が被告占有地の占有をこれ以上継続すれば、原告は、老朽化した本件れんが塀を管理維持することが事実上不可能になるばかりか、周囲の安全も害され、公の目的を害されることになる。

したがって、被告占有地ないし本件係争地について、黙示の公用廃止がなされたとは到底認められない。

三  被告の主張

1(境界及び被告所有地の範囲―本訴につき反論、反訴につき主位的請求原因)

本件境界は、別紙図面(一)表示のB′、H、Gの各点を順次直線をもって結んだ線であり、本件係争地は被告所有地の一部である。

その根拠は、次のとおりである。

(一)  被告は、訴外松太郎は、訴外吉谷から、昭和二三年に被告所有地及び旧〈1〉建物を購入する際、被告所有地の範囲が造幣局のれんが塀の壁面までである旨の説明を受けている。

(二)  旧〈1〉建物は、九軒長屋の他の建物と形状が異なっており、れんが塀に接して存在した。すなわち、九軒長屋のうち旧建物以外の各建物は、くみ取口が各便所の西側にあり、西側の道路からくみ取り作業をするために、各建物の北端と造幣局のれんが塀との間に通路があったが、旧〈1〉建物は、くみ取口が建物の東側にあり、東側の道路から入ってくみ取り作業ができたため、旧〈1〉建物と本件れんが塀との間には通路はなかった。

(三)  本件境界付近にあるれんが塀の基礎部分は、他の箇所のものと異なっており、基礎部に膨らみは存在しなかった。

(四)  被告は、原告と本件境界の位置について確認したことはない。被告は、昭和三七年一二月一七日の造幣局と九軒長屋の住民との間の境界確認の集会に参加していないし、〈証拠略〉は、被告又はその家族が署名押印したものではない。

したがって、本件係争地についての明渡し及び使用料相当額の支払を求める本訴請求は失当である。

2(本件係争地の時効取得―本訴につき抗弁、反訴につき予備的請求原因)

仮に、本件係争地が被告所有地に含まれないとしても、被告は、次のとおり、本件係争地を時効により取得した。

(一)  訴外松太郎は、昭和二三年一二月一〇日、本件係争地の自主占有を開始し、被告は、昭和二七年二月一六日、占有を相続によって承継し、昭和四三年一二月一〇日当時もこれを占有していた。

この結果、被告は、訴外松太郎の占有開始から通算して二〇年間、本件係争地の占有を継続した。

(二)  被告は、昭和四〇年一一月三〇日、被告建物の一部を本件係争地上に建築して右土地の自主占有を開始し、昭和六〇年一一月三〇日当時もこれを占有していた。

この結果、被告は、二〇年間、本件係争地の占有を継続した。

(三)  本件国有地は、企業用財産であって、普通財産と機能的に変わらないから、取得時効の対象となると解すべきである。

仮に、本件係争地を時効取得する際に公用廃止の要件の具備を要するとしても、原告は、昭和二三年以降、本件係争地を放置し、他方、被告の占有によって造幣局の業務に何らの支障を生じなかったのであるから、本件係争地については、黙示的に公用廃止がなされている。

3(本件モルタル建材の所有関係―本訴のうち第二占有地の明渡し、使用料相当額の支払請求に対する反論)

本件モルタル建材を設置し、所有しているのは、原告である。

4(本件外壁パネルの設置の承諾―本訴のうち第二占有地の明渡、使用料相当額の支払請求に対する抗弁)

造幣局は、被告に対し、平成三年八月ころ、本件外壁パネルを設置するため、被告が、本件れんが塀上にあったパネルの目隠し板を一時とりはずすことを許可しているのであるから、今になって原告が被告に対し本件外壁パネルの収去や第二占有地の使用料相当損害金等の支払を求めることは、信義則に反する。

四  主たる争点

1  本件境界の位置。

2  本件係争地の時効取得の成否(企業用財産についての時効取得の可否等)。

3  本件モルタル建材の所有関係。本件外壁パネルの収去及び使用料相当損害金等の請求が信義則に反するか。

第三争点に対する判断

一  本件境界の位置について

1  前記争いのない事実に加え、関係各証拠(ただし、以下の説示に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件国有地は、造幣局本局北宿舎の敷地として、明治元年八月に官有地に編入されたものであり、明治四年二月、本件国有地と周辺民有地の間の囲障としてれんが塀が設置された。本件れんが塀は、このれんが塀で残存しているものの一部である(〈証拠略〉)。

(二) 前記のとおり造幣局の周囲に設置されたれんが塀は、その安定性を保つため、地下に埋設された土台の幅が地上に出ている塀の幅と比して広くなっている。そして、造幣局側で、本件係争地の付近のれんが塀の柱部の基礎を掘削したところ、造幣局側、民有地側の二か所で柱部より約一八センチメートルの膨らみがあった(〈証拠略〉)。

もっとも、本件係争地に接するれんが塀の柱部の造幣局側については、土中に約九五センチメートルの掘削をしたところ、基礎部の膨らみ部分は認められなかったが、これを除去したと思われる痕跡と、下水桝の遺構が認められた(〈証拠略〉)。

これについては、造幣局の旧木造宿舎の下水管の埋設時に膨らみ部分を除去したものと推認される。右の他、れんが塀の柱部の基礎部を掘削したところ地中部に膨らみが存した箇所もあり(〈証拠略〉)、これらによれば、本件れんが塀の柱部の地中の基礎は、造幣局側及び民有地側に約一八センチメートルの膨らみを有するものであったと推認することができる。

(三) ところで、国は、国有地の囲障等は、国有地内に設置するのが通常であるから、本件れんが塀についても、明治四年の設置時、土台の一番底に設置された栗石の外側端部は、周囲の民有地との境界線よりも内側(造幣局側)となるように設置されたものと推認できる。そして、囲障等を設置する場合、特段の事情がない限り、境界線から一定の距離を置くものと考えられるから、本件境界線は、本件れんが塀とほぼ平行しているものと推認できるところ、前記事実によれば、本件れんが塀の柱部から少なくとも約一八センチメートル以上、南側にあると推認できる(〈証拠略〉)。

もっとも、被告は、訴外松太郎が訴外吉谷から被告所有地及び旧〈1〉建物を購入した際に、被告所有地が造幣局のれんが塀まであると説明されたこと、その際、巻尺のようなもので、本件れんが塀まで実測した記憶がある旨供述する(〈証拠略〉)。

しかし、右供述は、客観的裏付けに乏しく、前記認定を左右するには至らない。

(四)(1) 九軒長屋は、明治三五年一一月二九日に建築された九軒の建物がほぼ東西に一列に並ぶ集合住宅である。

右各建物の敷地は、いずれも、南側が道路に面し、北側は本件国有地に接している。九軒長屋の東端の旧〈1〉建物の敷地部分であった被告所有地の東側及び訴外西村八重子(以下「訴外西村」という。)が居住する九軒長屋の西端の建物(別紙図面(四)表示の〈9〉の位置の建物。以下「〈9〉建物」という。)の敷地の西側は、それぞれ道路に面している(〈証拠略〉)。

(2) 九軒長屋の東西の道路側には、ひさし及び木戸のついた塀があり、右木戸を通って、各建物北側の裏手に回ることができた。

また、各建物には、便所部分が、それぞれの北西側の角に設けられており、造幣局のれんが塀との間には、人が通行できる程度の空間があって、前記木戸から各建物の裏手に入り、右空間を利用して、各便所のくみ取り作業が行われていた(〈証拠略〉)。

このように、九軒長屋の裏手は、もとは、東西の木戸から入って通り抜けられる構造になっていたものと考えられる。

なお、九軒長屋の東西の端に設けられた前記塀は、本件境界を超えて、造幣局のれんが塀に接していたが、造幣局の側ではこれを黙認し、九軒長屋の住民に対し、右塀の収去をことさらに求めるようなことはなかった。

(3) もっとも、以上の点につき、被告は、旧〈1〉建物の形状が九軒長屋の他の建物との形状が異なっていて、旧〈1〉建物の北側部分がれんが塀に接していた旨供述する(〈証拠略〉)。

しかし、九軒長屋の各建物が、もともと訴外吉谷によって借家に供されていたものであり、旧〈1〉建物を除く各建物の形状が同様であったことは、被告も自認するところである。それが、旧〈1〉建物のみ、他の建物と大きく形状が異なっていたとは考えにくいところである。

もっとも、九軒長屋のうち、旧〈1〉建物及び〈9〉建物の一階部分床面積は、登記簿上、他の建物と異なって、それぞれやや大きい。

しかし、旧〈1〉建物の一階部分床面積が登記簿上、八・二二坪(メートル法に換算すると二七・一七平方メートル)と、〈9〉建物以外の九軒長屋の他の建物の一階部分床面積(同二六・〇一平方メートル)より若干大きいのは、九軒長屋の東端にあって、建物の東西方向が若干長かったためであり、また、〈9〉建物の登記簿上の一階部分床面積が二六・八四平方メートルであるのも、同様に、九軒長屋の西端にあって、東西方向が若干長かったためであると推認できる。

(4) また、〈証拠略〉によれば、手前に写っている旧〈1〉建物のみが、本件れんが塀と接しているかのようにも見える。

しかし、旧〈1〉建物の便所の形状は、被告の供述によっても、他の九軒長屋の建物の便所と同一であったというのに、〈証拠略〉に写っている旧〈1〉建物の便所の屋根とされる部分のみが、他の便所の屋根よりかなり長いうえ、当該屋根の右端部分が、本件れんが塀の上にあることからして、〈証拠略〉が、九軒長屋の建築当初における旧〈1〉建物の便所の位置を明らかにするものとは認められない。

(5) さらに、〈証拠略〉によっても、旧〈1〉建物が、写真撮影当時、本件れんが塀の東側に続いていた原告所有地上の板塀と接していたとは認められない。

(6) 訴外西村の陳述書(〈証拠略〉)には、旧〈1〉建物の裏手は通り抜けできなかった旨記載されているが、右陳述書には、期待が全く特定されていないのであって、右陳述書をもって、九軒長屋の建設当初からその裏手を通り抜けられなかったということはできない。

(7) 以上によれば、旧〈1〉建物と本件れんが塀との間には、人が通行できる程度の土地があったと認められ、これに反する被告の供述部分は直ちに採用することはできず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(五) 原告は、昭和三七年ころ、造幣局の敷地と、これに接する国道、市道、河川敷、学校及び民有地との間の境界について、それぞれの隣地所有者との間で境界確認及び現地測量を行い、本件実測図(〈証拠略〉)を作成した。

原告は、その事業の一環として、同年一一月ころ、被告所有地付近の測量を行い、同年一二月一七日、九軒長屋の各建物の敷地所有者らと、造幣局の建物において、境界確定の協議を行い、右の者らとの間で、本件国有地と九軒長屋の敷地との境界が、造幣局北宿舎敷地の南西角(別紙図面(二)表示のNo.27)、被告所有地と北東角(同図面表示のNo.28)、造幣局四号門との段差部分の角(同図面表示のNo.29)の三点を直線で結んだ線上にあることを確認した(〈証拠略〉)。

このような境界協議は、国有地と隣接地との間の境界が不明確な場合に、その境界を確定するためになされるものであり、協議が整った場合、〈証拠略〉のような書面によって、確定された境界が明確にされることに照らすと(国有財産法三一条の二参照)、当時の九軒長屋の住民は、〈証拠略〉のとおりの境界を確定することに異存がなかったものと認められ、右認定に反する被告の供述はいずれも採用できない。

(六) なお、被告所有地の北東角の位置は、本件国有地、被告所有地及び大阪市道の三方界であり、大阪市長は、造幣局長に対し、昭和三七年一一月一四日付けで、右三方界が本件れんが塀より南側にあることを確認する境界明示をした旨通知した(〈証拠略〉)。

(七) 原告は、本件実測図に基づき、境界標を埋設することとし、榮和建設設計事務所に依頼して、昭和三八年二月四日、右No.27ないしNo.29の各点にコンクリート杭(No.27杭ないしNo.29杭)を埋設した(〈証拠略〉)。

もっとも、被告は、No.28杭の位置は、被告所有地内の北東方向に設置されている物置の下にあたるが、被告はその部分に手を加えたこと等がなかったのに、平成五年ころ、造幣局の職員が調査した結果、No.28の杭は存在しなかった旨供述する(〈証拠略〉)。

そこで、No.28杭が設置されたか否か検討するに、〈証拠略〉に照らしても、No.28杭の埋設された位置が被告方の物置の下であったとは必ずしも断定できないうえ、No.27杭やNo.29杭などの境界標は存在するのに、No.28杭のみが実在しなかったとするのは不自然であること、国の機関が業者に工事を請け負わせた場合、その工事について進行を監督し、また、工事が完了した際、その完了を確認するために必要な検査をしなければならず(会計法二九条の一一参照)、造幣局が請負人である業者の境界標の埋設を確認することは、右のように法律上要求されている事項であるなどに照らすと、原告は、昭和三八年二月四日、被告所有地の北東角にNo.28杭を埋設したものと認められ、この点に反する被告の供述は、いずれも採用できない。

(八) No.27杭は、大阪市下水道局が集水桝を設置した際に、従前よりも二メートル北側に移設されたため、現在のNo.27杭の位置は、昭和三八年に設置した当時の位置と異なっているが、現在のNo.27杭の位置から復元できる昭和三八年当時のNo.27杭の位置と図面(〈証拠略〉)から再現できるNo.28杭の位置との二点を直線で結ぶと、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線で結んだ線となる(〈証拠略〉)。

(九) 被告は、昭和四〇年一一月三〇日ころ、旧〈1〉建物を取り壊し、被告建物を新築した。

なお、別紙図面(四)表示の〈2〉の位置にある建物は、昭和五六年九月一〇日ころ、取り壊され、その敷地上に新たな建物が建築され、また、同図面に表示の〈3〉、〈4〉の位置にある各建物は、昭和五七年六月一〇日ころ、それぞれ取り壊されて、右両敷地にまたがる建物が新築された。

その他の九軒長屋の建物(〈9〉建物及び同図面に表示の〈5〉ないし〈8〉の位置にある各建物)は、いずれも、明治三五年当時に建設された建物のままである(〈証拠略〉)。

2  以上の各事実によれば、本件境界は、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線をもって結んだ線と確定するのが相当である。

二  本件係争地についての取得時効の成否について

1  前記一に説示したとおり、本件境界は、別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線をもって結んだ線のとおりであり、被告占有地ないし本件係争地は、本件国有地の一部である。

ところで、前記一1(四)(2)のとおり、九軒長屋の東西の道路側には、ひさし及び木戸のついた塀があったものの、旧〈1〉建物ないし〈9〉建物は本件境界の南側に建てられていたのであって、訴外松太郎が、昭和二三年一二月一〇日、被告所有地及び旧〈1〉建物を購入したことにより、本件係争地の自主占有を開始したことを認めるに足りる証拠はない。

しかし、被告が、被告建物の建築により、昭和四三年一一月三〇日から二〇年間、本件係争地の自主占有を継続したことは当事者間に争いがない。

2  企業用財産の時効取得の可否等について

(一) 本件国有地は、造幣局の敷地であって、国有財産のうちの企業用財産とされるが(国有財産法四条(編注・国有財産法三条二項四号の誤まりか)、同施行令二条)、造幣局等「国の企業」は、公益性の著しく高い業務を行うのであるから、そのような企業の用に供せられることによって公物(公共用物)としての性質を有する限りは時効取得の対象とはならないものと解される。

しかし、それが、長期間、事実上、公の目的に使用されることなく放置され、公物としての形態、機能を全く喪失し、その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのために、実際上、公の目的が害されることがなく、もはやその物を公物として維持すべき理由がなくなった場合には、黙示の公用廃止がなされたものとして、これに対する取得時効が成立し得ると解すべきである(最高裁判所昭和五一年一二月二四日第二小法廷判決・民集第三〇巻第一一号一一〇四頁参照)。

(二) そこで、本件係争地について、右のような黙示の公用廃止がなされたかを検討する。

前記一1(一)、(二)で説示したとおり、本件係争地は、本件れんが塀の基礎部分が埋設され、本件れんが塀の敷地として、公の目的に使用されているのであって、被告の前記占有によっても企業用財産としての機能や形態を喪失したとまではいえない。また、本件れんが塀は、明治四年に建築され、老朽化しているが、被告が本件係争地上に被告建物を建築して右土地を占有することにより、老朽化した本件れんが塀を維持管理することが妨げられ、この結果、本件れんが塀の周囲の安全も害され、現に公の目的が害されていることが認められる。

したがって、本件係争地については、黙示の公物廃止がなされたとは認められず、これを被告が時効によって取得することはできないというべきである。

3  よって、被告による時効取得の主張は理由がない。

三  以上によれば、被告占有地ないし本件係争地は、原告の所有に帰するから、本件反訴請求は、理由がない。

そして、前記説示のとおり、被告建物の一部が第一占有地上にあり、被告は右土地を占有しているのであるから、被告は、原告に対し、当該被告建物部分を収去して、第一占有地を明け渡す義務がある。

四  第二占有地の明渡義務の有無について

1  本件モルタル建材の所有関係

(一) 〈証拠略〉によれば、次の各事実が認められ、右認定に反する被告の供述は採用できない。

(1) 本件れんが塀の上には、従前、板塀が設置されていたが、この板塀は、昭和六三年一月、風で倒れた。そこで、造幣局では、訴外株式会社西川建設(以下「訴外西川建設」という。)に依頼し、同年一月二二日から同年三月一五日にかけて、右板塀をパネルの目隠板に取り替える作業を行ったが、その際既に、被告建物と本件れんが塀との間に本件モルタル建材が埋め込まれていた。

なお、造幣局側において、かかる場所に本件モルタル建材を埋め込む必要はない。

(2) 訴外西川建設は、従前から本件モルタル詰物内部に埋め込まれていた右板塀の金属支柱部分を除去し、その穴を補修した。この補修部分は、従来からあるモルタル部分に比して、色が白くなっている。

(二) 右認定事実を総合すると、被告側において、本件モルタル建材を埋め込んだものと判断されるのであり、本件モルタル建材は、被告の所有に帰するものというべきである。

2  本件外壁パネルの収去請求の可否

〈証拠略〉によれば、原告は、訴外株式会社東亜に対し、平成二年六月、被告建物の外壁の補修のため、約一〇日間、本件国有地の一部を使用することを許可したにすぎず、これによって、原告が被告に対し、本件国有地の一部である第二占有地について本件外壁パネルの設置を認めたことにはならない。

また、原告が、本件外壁パネルの設置工事のために前記パネルの目隠し板を取りはずすことを許可したことによって、原告が被告に対し、本件外壁パネルの撤去や使用料相当損害金等を請求することが信義則に反することになるとまでいうことはできず、被告の主張は理由がない。

3  以上によれば、被告は、本件国有地の一部である第二占有地上に本件モルタル建材及び本件外壁パネルを所有して、正当な理由なく第二占有地を占有しているから、被告は、原告に対し、これらを収去して、第二占有地を明け渡す義務がある。

五  使用料相当損害金及び延滞金について

本件境界については前記一1のとおりであり、境界確定の協議やNo.28杭の設置などにもかかわらず、被告は、本件建物の建築ないし本件モルタル建材・本件外壁パネルの設置によって、被告占有地ないし本件係争地を占有してきた。

右占有の態様、経緯からすれば、被告は、本件国有地の一部を権原なしに占有していることを充分に認識し得たというべきであるから、被告は、原告に対し、少なくとも過失による不法占拠に基づき、被告占有地の使用料相当損害金を賠償する義務を負っているというべきである。

そして、〈証拠略〉によれば、昭和五八年四月一日から平成六年三月三一日までの被告占有地の使用料相当損害金は、別紙「土地使用料相当額年度別調書」記載のとおりであり、また、遅延損害金は、同「延滞金年度別調書」記載のとおりであることがそれぞれ認められるから、被告は、原告に対し、右各金員を支払う義務がある。

六  結語

以上の次第であるから、本件境界は別紙図面(一)表示のC、D、Eの各点を順次直線をもって結んだ線であることを確定することとし、また、原告のその余の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、仮執行の宣言は、主文第四項についてのみ付し、同第二、三項については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 林醇 亀井宏寿 桂木正樹)

物件目録

一 大阪市北区天満一丁目一番地、同区天満橋一丁目一番地国有地

面積 合計一万九八四四平方メートル

二 所在 大阪市北区天満一丁目

地番 三番一二

地目 宅地

地積 四六・五四平方メートル

三 所在 大阪市北区天満一丁目三番地一二

家屋番号 三番一二

種類   作業場兼共同住宅

構造   軽量鉄骨造陸屋根四階建

床面積  一階 四四・五〇平方メートル

二階 四四・五〇平方メートル

三階 四四・五〇平方メートル

四階 二四・二五平方メートル

土地使用料相当額年度別調書〈略〉

損害金額(土地使用料相当額)及び延滞金調書〈略〉

延滞金年度別調書〈略〉

土地使用料相当額内訳書〈略〉

延滞金内訳書〈略〉

図面(一)〈省略〉

図面(一)の二〈省略〉

図面(二)〈省略〉

図面(三)〈省略〉

図面(四)〈省略〉

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